「どうせ計画どおりに守れない」からこそ、BCPは役に立ちます
はじめに
「計画を決めても、実際の地震では守れないでしょう」
この疑問も、BCPを考えるうえで避けて通れません。
実際、大きな地震では、想定していなかったことが起こります。
責任者と連絡が取れないかもしれません。
避難場所が使えないかもしれません。
バックアップしたデータに接続できないかもしれません。
取引先も同時に被災しているかもしれません。
では、守れない可能性がある計画を作る意味はないのでしょうか。
答えは逆です。
すべてを守れないからこそ、最初の判断基準と代替案を準備しておく意味があります。
目次
完璧に守ることが目的ではない
BCPを評価するときに、
「書いてあることを100%実行できたか」
だけで判断すると、ほとんどの計画は失敗になります。
しかし、BCPの目的は、計画書を守ることではありません。
人命を守り、重要な業務への被害を減らし、事業を早く立て直すことです。
計画にない対応をしたとしても、その結果として安全を守り、重要業務を再開できたのであれば、適切な判断だった可能性があります。
BCPは、正解を記した答案ではありません。
混乱の中で何を優先し、どのように判断するかを考えるための土台です。
大地震では、事前に想定した条件がそのまま当てはまるとは限りません。
たとえば、会社が指定していた避難場所が被災していることもあります。
安否確認に使う予定だった通信手段が利用できないこともあります。
重要業務を担当する従業員が出社できないこともあります。
このようなときに、「計画どおりでなければ動けない」と考えると、かえって対応が遅れます。
大切なのは、計画の文章をそのまま再現することではなく、計画に書かれた目的や優先順位を守ることです。
たとえば、「指定した避難場所へ移動する」という手順が守れなくても、より安全な場所へ避難できたのであれば、人命を守るという目的は達成されています。
「電話で取引先へ連絡する」という手順が使えなくても、電子メールや別の連絡手段で状況を伝えられたのであれば、取引先との連絡を維持するという目的は達成できます。
BCPでは、手段ではなく、何を守るための計画なのかを理解しておくことが重要です。
計画がない会社で起こりやすいこと
計画がない場合、災害直後から次のような問題が起こりやすくなります。
- 全員が社長の指示を待つ
- 社長に連絡が集中する
- 部署や担当者ごとに異なる判断をする
- 安否確認と業務連絡が混ざる
- 重要でない仕事から再開してしまう
- 取引先への説明が遅れる
- 従業員が危険な状況で出社する
- 復旧に必要なデータや契約情報を探せない
- どの業務から再開するか決められない
- 仕入先が止まった後で代替先を探し始める
BCPがあれば、これらをすべて防げるわけではありません。
それでも、少なくとも「最初に何を確認するか」「誰が判断するか」「何を優先するか」を共有できます。
ゼロから考える状態と、判断の出発点がある状態では、大きな差があります。
全員が社長の返事を待ってしまう
中小企業では、普段から重要な判断を社長が行っていることがあります。
そのため、災害時にも「社長の指示を待とう」と考えがちです。
しかし、社長自身が被災している場合や、通信障害で連絡が取れない場合もあります。
代理者や判断を引き継ぐ条件が決まっていなければ、従業員は動きたくても動けません。
結果として、安否確認、休業判断、取引先への連絡などが遅れる可能性があります。
人によって指示が変わる
共通の方針がなければ、それぞれの担当者が自分の考えで判断します。
ある責任者は出社を求め、別の責任者は自宅待機を指示するかもしれません。
ある担当者は取引先に「明日再開します」と伝え、別の担当者は「再開時期は未定です」と伝えるかもしれません。
指示や説明がばらばらになると、従業員も取引先も混乱します。
BCPで会社としての優先順位や情報発信の担当者を決めておけば、このような食い違いを減らせます。
すべての業務を同時に再開しようとする
災害時には、出社できる従業員、使える設備、時間、資金などが限られます。
その状態で普段と同じ仕事をすべて再開しようとすると、力が分散します。
本当に重要な仕事が後回しになり、事業の復旧が遅れることがあります。
優先業務を事前に決めておけば、限られた力を重要な仕事へ集中できます。
取引先への連絡が後回しになる
災害直後は、社内の安全確認や設備の確認に追われます。
そのため、取引先への連絡が後回しになることがあります。
しかし、取引先も、自社から商品が届くのか、予定どおり仕事を依頼できるのかを知りたいと考えています。
連絡がない状態が続けば、取引先は別の会社へ依頼する判断をするかもしれません。
正確な復旧時期が分からなくても、現在の状況、確認中の内容、次回の連絡予定を伝えるだけで、不安を減らせます。
従業員が無理に出社してしまう
出社するかどうかの基準がなければ、従業員は「会社へ行かなければならない」と考えることがあります。
交通機関が止まっている中で長い距離を歩いたり、危険な道路を通ったりするかもしれません。
家族の安全を確認できていないのに、出社を優先する人もいるかもしれません。
「安全が確認できるまでは出社しない」「会社から連絡があるまで自宅で待機する」などの基準を決めておけば、無理な出社を防ぎやすくなります。
小さな訓練で弱点を見つける
BCPが守れるかどうかは、実際の災害を待たなくても確認できます。
大がかりな防災訓練を行わなくても、短時間の確認や話し合いで弱点を見つけられます。
たとえば、次のような小さな訓練があります。
安否確認の訓練
平日の決めた時間に、従業員へ安否確認の連絡を送ります。
訓練では、次の点を確認します。
- 全員に連絡が届いたか
- 従業員が返信方法を理解していたか
- 何分で安否を確認できたか
- 連絡先が古くなっていないか
- 返信がない人へ誰が再連絡するか
- 第一の連絡手段が使えない場合の方法があるか
安否確認の仕組みを導入していても、従業員が使い方を知らなければ役立ちません。
実際に送ってみることで、登録漏れ、連絡先の間違い、返信方法の分かりにくさなどを確認できます。
責任者不在の訓練
「今日は社長と部長に連絡が取れない」と仮定します。
そのうえで、次の内容を従業員に確認します。
- 次に判断する人は誰か
- 休業や出社の判断を誰が行うか
- 取引先への連絡を誰が行うか
- 緊急の支出を誰が決められるか
- 責任者が切り替わる条件を理解しているか
計画書に代理者の名前が書いてあっても、本人がその役割を知らないことがあります。
周囲の従業員が、誰に確認すればよいか知らないこともあります。
話し合いをするだけでも、役割の認識が一致しているか確認できます。
データ復旧の確認
バックアップがあるだけでは十分ではありません。
実際に別の端末や別の場所から、必要なデータを開けるか確認します。
次のような点を見ておきます。
- 最新のデータが保存されているか
- 別の端末から開けるか
- 必要なパスワードを確認できるか
- 担当者以外も復旧方法を知っているか
- バックアップが同じ建物内だけに保存されていないか
- 復旧にどの程度の時間がかかるか
「バックアップを取っているから大丈夫」と思っていても、復旧方法が分からなかったり、古いデータしか残っていなかったりすることがあります。
定期的に復旧を試すことで、本当に使えるバックアップかどうかを確認できます。
取引先への連絡訓練
「地震によって三日間、出荷やサービス提供ができない」と仮定します。
そのうえで、次の内容を考えます。
- 最初に連絡する取引先はどこか
- 誰が連絡を担当するか
- 電話が使えない場合は何を使うか
- どのような内容を伝えるか
- 再開時期が分からない場合にどう説明するか
- 次回の連絡予定をいつにするか
連絡文を実際に作ってみると、必要な情報がそろっているか確認できます。
取引先の連絡先が古くなっていないか、担当者以外も一覧を確認できるかも見直せます。
事務所が使えない場合の話し合い
「会社の建物へ一週間入れない」と仮定します。
その状態で、次の質問について話し合います。
- どの仕事なら自宅からできるか
- 仕事に必要なデータへアクセスできるか
- 電話や郵便物をどう確認するか
- 代わりに使える場所はあるか
- お客様からの問い合わせを誰が受けるか
- 請求や支払いを続けられるか
実際に場所を移して作業しなくても、話し合うだけで多くの弱点が見つかります。
訓練というと大がかりなものを想像しがちですが、30分程度の話し合いからでも始められます。
失敗を責めずに改善材料にする
訓練で連絡が取れなかったり、担当者が手順を知らなかったりすると、「準備が足りない」と責めたくなるかもしれません。
しかし、訓練の目的は、できない人を探すことではありません。
災害が起きる前に、計画の弱点を見つけることです。
訓練で失敗したなら、本番前に問題を発見できたということです。
- 連絡先を更新する
- 代理者を追加する
- 手順を短くする
- データの保存場所を変える
- 代替の連絡手段を用意する
- 必要な権限を代理者へ渡す
- 取引先一覧を共有する
- 分かりにくい表現を書き直す
このように、一つずつ改善します。
人ではなく仕組みを見る
安否確認への返信が遅かったときに、「なぜ早く返信しなかったのか」と本人だけを責めても、仕組みは改善されません。
次のような原因があるかもしれません。
- 通知に気づきにくかった
- 返信方法が分からなかった
- 登録された連絡先が間違っていた
- 勤務時間外の連絡ルールを理解していなかった
- 第一の連絡手段が使えなかった
原因を確認し、誰でも返信しやすい方法へ変えることが大切です。
想定と違ったことを記録する
訓練後は、うまくいかなかったことだけでなく、想定と違ったことを記録します。
たとえば、次のような内容です。
- 想定より連絡に時間がかかった
- 代理者が必要な情報を持っていなかった
- 取引先一覧が複数あり、どれが最新か分からなかった
- 在宅勤務では利用できないシステムがあった
- 担当者以外は設備の停止方法を知らなかった
記録を残しておけば、次回の見直しで確認できます。
同じ問題が繰り返されていないかも分かります。
一度にすべて直そうとしない
訓練をすると、多くの問題が見つかることがあります。
すべてを一度に直そうとすると、負担が大きくなり、改善そのものが止まってしまいます。
まずは、人命や重要業務に影響する問題から優先して改善します。
たとえば、次の順番で考えます。
- 従業員の安全に関わる問題
- 安否確認や緊急連絡に関わる問題
- 重要業務の停止に関わる問題
- 取引先への連絡に関わる問題
- 書類の見やすさや細かな表現
毎回一つでも改善できれば、BCPは少しずつ実際に使えるものへ変わります。
中小企業庁も、BCPの維持・更新を行い、改善点を次年度の取り組みにつなげることを、経営者の役割として示しています。
参考:
https://www.chusho.meti.go.jp/bcp/contents/level_b/bcpgl_03b_5_2.html
>
中小企業庁「BCPの維持・更新」
見直しやすい計画にする方法
計画を更新できなくなる理由の一つは、最初から作り込みすぎることです。
100ページの計画を作ると、電話番号を一つ変更するだけでも、どこを直すべきか確認するのが大変になります。
分厚い計画書を作っても、更新されず、古い情報が残ったままでは災害時に役立ちません。
まずは、情報の性質によって分けると管理しやすくなります。
変わりにくい内容
- 人命と安全を最優先する方針
- 重要業務を選ぶ考え方
- 判断の基本原則
- 取引先への説明に関する方針
- 従業員や家族の安全を優先する考え方
これらは会社の基本方針として、本編にまとめます。
定期的に変わる内容
- 従業員の連絡先
- 取引先や仕入先の一覧
- 責任者と代理者
- システムやデータの保存場所
- 保険や設備の情報
- 避難場所や集合場所
- 外部の協力会社
- 緊急時に利用するサービスの連絡先
変わりやすい情報は、別紙や一覧表にします。
そうすることで、従業員の入退社や担当者変更があったときに、必要な部分だけ更新できます。
見直す時期を決める
「必要になったら見直す」と決めても、日常業務に追われて後回しになりがちです。
そのため、あらかじめ確認する時期を決めます。
- 年に一度
- 人事異動や組織変更の後
- 新しいシステムを導入したとき
- 事務所や工場を移転したとき
- 主要な取引先や仕入先が変わったとき
- 新しい設備を導入したとき
- 災害や訓練を経験した後
- 連絡方法や社内ツールを変更したとき
このような節目で更新すれば、計画が古くなるのを防げます。
見直す担当者を決める
見直し日だけを決めても、担当者が決まっていなければ実行されないことがあります。
誰が確認し、誰が承認し、誰が従業員へ伝えるのかを決めます。
- 連絡先を更新する担当者
- 重要業務を確認する責任者
- 設備やシステムを確認する担当者
- 最終的な変更を承認する経営者
- 更新内容を社内へ共有する担当者
小さな会社では、一人が複数の役割を担当しても構いません。
大切なのは、誰が確認するのかを曖昧にしないことです。
変更した内容を必ず共有する
計画書を更新しても、従業員が変更を知らなければ、災害時に古い方法で行動してしまいます。
更新した内容は、朝礼、社内会議、電子メール、社内チャットなどで共有します。
特に、次の変更は確実に伝える必要があります。
- 責任者や代理者の変更
- 安否確認方法の変更
- 避難場所の変更
- 出社判断の基準変更
- 重要業務の優先順位変更
- 緊急連絡先の変更
変更内容を伝えた後は、従業員が理解しているか簡単に確認すると安心です。
最初から完璧な計画を目指さない
BCPを作る際に、すべての災害や業務を一度に整理しようとすると、完成までに時間がかかります。
その結果、途中で作成が止まり、何も決まっていない状態が続くことがあります。
まずは、次の最低限の内容から始めてもよいでしょう。
- 人命を最優先する方針
- 安否確認の方法
- 責任者と代理者
- 最も重要な業務
- 優先して連絡する取引先
- 重要なデータの保存場所
- 次回の見直し日
作った後に試し、問題を見つけ、少しずつ内容を増やします。
完璧な計画を作ってから動くのではなく、使いながら改善することが大切です。
まとめ+要約
BCPは、災害時に書かれた手順を100%守るためのものではありません。
予想外のことが起きる中で、何を優先し、誰が判断し、どの代替手段を使うかを考えるための土台です。
計画がなければ、全員が経営者の指示を待ち、連絡や判断が一か所に集中しやすくなります。
部署や担当者によって指示が変わったり、重要でない業務から再開したり、取引先への連絡が遅れたりする可能性もあります。
一方、簡単な計画でも社内で共有されていれば、混乱の中での判断の出発点になります。
安否確認、責任者不在、データ復旧、取引先への連絡、事務所が使えない場合など、小さな訓練を行うことで、計画の弱点を確認できます。
訓練でうまくいかなかったことは、誰かを責める材料ではありません。
災害が起きる前に問題を見つけられたということです。
連絡先、代理者、手順、データの保存場所、代替手段などを一つずつ改善することで、BCPは実際に使えるものへ変わります。
また、変わりにくい基本方針と、頻繁に変わる連絡先などの情報を分けて管理すると、見直しやすくなります。
最初から完璧な計画を目指すのではなく、小さく作り、試し、直し続けることが、災害に強い会社づくりにつながります。
FAQ
Q1.訓練は年に何回必要ですか?
会社の状況や業務内容によって異なりますが、少なくとも年に一度は計画全体を確認する機会を設けるとよいでしょう。
安否確認や緊急連絡などの簡単な訓練は、数か月に一度行う方法もあります。
また、人事異動、事務所の移転、システムの変更などがあった場合は、定期訓練の時期を待たずに、その部分を確認することが大切です。
回数だけを増やすのではなく、訓練後に問題を見つけ、改善することが重要です。
Q2.訓練で失敗したら、計画が悪いということですか?
必ずしも、計画全体が悪いということではありません。
訓練の目的は、実際の災害が起きる前に、計画や連絡方法の弱点を見つけることです。
連絡が届かなかった、代理者が役割を知らなかった、データを復旧できなかったという結果が出た場合は、その部分を改善します。
訓練での失敗は、本番前に問題を発見できたという意味で、重要な成果です。
Q3.一度作ったBCPは、いつ見直せばよいですか?
年に一度など、定期的に確認する時期を決めることが基本です。
それに加えて、人事異動、退職や入社、事務所の移転、新しい設備やシステムの導入、主要取引先の変更などがあった場合にも見直します。
災害や訓練を経験した後も、実際に起きた問題を反映するために更新が必要です。
特に、責任者、代理者、連絡先、避難場所、重要業務などが変わっていないかを確認しましょう。









